パンが六つ、缶詰はごろごろ大量だ。早めに食べなきゃいけないフルーツが、リンゴと、ナシが一個ずつ。あとの持ち物は、寝袋一つ、ロウソクはいっぱい。マッチ棒もそうとうな数。手持ち用のランプ一つ、頭の部分が伸びた白黒のトップハット、そして、小さなドラムとシンバルが一つずつと、そしてお決まり――かかせないクラシックギターが一つ!
あと、相棒の喋るカラス「クルリル」が肩に止まれば――。

 持ち物の準備を整え、宿屋を出て駅へ向かうと、それから次の街へ向かう電車へ乗った。


 僕はリーベル。ギターを持っているけど、ギターよりも歌中心の旅人。色々な街で歌を歌って、チマチマお金を稼いで暮らしている。
両親は戦争で死んだ。僕は一人だけ生き残った。あの頃はまだ少年で、読書が好きだったんだ。でも、戦争の炎が僕の本を燃やした。母さんも、父さんも燃やされた。友達も、みんな、燃えて無くなった。
 だから、僕は読書以外にできるギターを手に、数年前からこんな生活さ。
生き残ったとき、唯一友達になったのが、一緒に助かったカラスの雛だったんだ。
それがクルリル。よく食べさせて、たくさん運動して、会話もたくさんして育てたせいか、今じゃよく喋る相棒だ。
嘘じゃないよ。本当に言葉を喋るんだ。それだけじゃない、まともな会話も普通にできちゃうし、冗談だってなんだって言えるよ。凄い相棒さ。


 戦後十年の間、旅をしているとしぶしぶわかることがある。
 華美に構築され、戦争の傷跡すらないような街。綺麗に見えすぎて、人々は戦争の苦しみを忘れて何でもやりたい放題。
 別な場所では、戦争の爪痕がまだ露骨に残り、人々の暮らしが不自由ながらも、一生懸命生きようとする人々の街。

極端に言えば、こんな差だ。



 次に行く街は、これで三十四都市目。何の情報も得ずに行く街だから、少し楽しみと、ちょっぴり不安もある。
 電車の中は案外すっからかんだ。僕以外、誰もいない。
クルリルは乗り物が嫌いだから、今日も帽子の中で眠っている。
季節は春。天気は良好。窓の日差しが暑いぐらいだ。

電車のスピードが落ちてきた。
「そろそろ、到着するみたいだな。」



 電車が止まりドアが開くとさびれた駅が目にとまった。一呼吸してから歩き出すと、コンクリートで固められている地面がもろく、少し崩れる感覚を感じた。
数キロ先の街には、高い高層ビル群が立ち並び、今まで見た街の中で、一番繁栄している素晴らしい巨像の群れ。


 ***


 街へ着くとそこは全てが整理され、何一つ苦労無いような街に見えた。
 人々は仕事をするために歩き、さも忙しそうに通りすがっていく。
 リーベルの古い汚れた服と違って、人々はおしゃれを着こなしている。


 何台もの車が道路を走り、いつもは聞かない騒音にクルリルが跳ね起きた。
「うひゃー! リーベル!なにごとナのん?」
帽子の中から出てきた一羽のカラスは、街を見回して仰天した。
「新しい街に着いたんだよ。ほら、すごい街だろ」
「すごいはすごいけど、アンタと俺じゃ趣味が違うぜ……」
「とにかく宿屋探すから、それまで帽子の中にいろよ」
「ほいやっしゃー」
クルリルはそのまま羽を縮めるように、また帽子の中へ戻った。


 クルリルの言う「ほいやっしゃー」っていうのは、簡単に「わかった」とか「了解」という意味だ。僕が喋った言葉じゃないのに、どこで覚えたことやら……。

街の人に「宿屋がどこにあるか、知りませんか?」と訪ねてみたんだけど、返事は冷たく「宿屋? 時代はホテルだぞ」なんて言われた。だから「なら、ホテルはどこですか?」って聞いてみると「自分で探せよ。今忙しいんだ」っと、返される。まるで厄介払いだ。
大きな街だから、夜が来ないうちに、ハンバーガーとクルリルの好きなフライドチキンを買って、それから、またホテルを探しに歩き出す。
「今日は歩いてるだけで一日終わりそうだな」
リーベルは夕日の空を眺めているつもりだが、高層ビルがそれを邪魔する。
「ぇー やめてくれよ。早く俺ちゃんはベッドで寝たいのだな」
「カラスのくせに……」
「人間のくせに……」
 妙な言い合いの後、一人と一羽はくすっと笑った。そのとき丁度、目の先にホテルの看板を見つけた。看板には赤い矢印が書いてあって、その上には「格安です。どなたでもご宿泊できます」などと表記されている。
 それを見てから、リーベルは財布の中身をチェックする。
「この先のお金の使い道を考えると――。ここでいいかな?」
「しーらね」
 事を捨てるように、クルリルは羽を広げて少し飛び上がった。
「なんなら、俺がこの先を見てきてもいいぜ」
「ああ、頼む」
 クルリルの向かった先を見つめると、そこは薄暗く、湿気のよどんだ空気の漂うビルの間だった。


 僕はそれから一人でハンバーガーを食べ、なかなか帰ってこないクルリルをずっと待ち続けた。
でも、クルリルは一時間待っても帰ってこない。
腕時計を何度も確かめ、そのうち、みけんにしわが寄るぐらい時間を気にした。

 フライドチキンも冷めてきたので、とうとうリーベルは、荷物を全部抱えて、街のすみっこにある闇の中へ走っていった。


 暗がりには看板がいくつかあって、それにある矢印の指示に従って向かう。
汚い小さな水たまりを踏み、臭いゴミの溜まった路地を横通り、そして、見つけた――。
「ここ、か?」
 青のネオンで光る文字で《底ナシ》と見える店名、ここが格安ホテルらしい。
 リーベルは店の前で立ち止まり、一歩ずつドアへ歩みだす。
 そこへ突然、
「ようこそお客様。こんな汚い場所をよく通ってくださいました。貴方には最高のサービスをおもてなしします」
 タキシード姿の――――ピエロ、に、誘われるまま、リーベルはホテルの中へ入っていく。



 ホテルへ入ると、まず大きなホールが目に入る。赤いじゅうたんが敷かれ、周りには燭台がある。外から見ただけではわからないぐらい、きらびやかで内装は美しい。
「お客様、貴方は当ホテルにて、八人目のお客様です」
リーベルは何も言わず、そのまま中央の階段を上らされ、ホールを見渡せるバルコニーへ行くと、ピエロは何もない壁の前で止まった。
「ここがお客様のお部屋です」
「え? 何もないよ」
じーっと見つめていると、そこに扉が半透明から実体となって現れた。
リーベルは驚いて尻餅をついた。扉には赤く《8》の番号が目立つ。
「どうぞ」
そう言われて、リーベルは中へと入っていった。
部屋へ入るとすぐにドアが閉まり、ほっと溜め息だけついた。
 見渡すと部屋には赤いベッドが一つある。壁紙は朽ちてはがれ落ちている。トイレは汚く掃除はされていない。景色を見ようと思ったが窓は無い。風呂場はカビだらけ。臭すぎて呼吸ができない。
「なんて酷いんだ」そんな言葉すら出ない。

気分が悪くなりそう…。
荷物ごと部屋をがばっと出てホールにある大きなソファーに急いで腰掛けた。
調子が戻り、しばらくしてからギターの練習をしなきゃと思い、リーベルはギターを持ち大好きなウエスタン調の曲を弾き始める。

 引き終わった直後――
「上手ね。なんていう曲?」
 ホールの階段から、金髪で白いドレス姿の、目が水色でくりんとしている少女が現れた。
「今のは自作で、タイトルがまだないんです」 「素晴らしい音色ですね。もう一曲ひいてくださらない? それと歌が聞きたいですわ」
さっきまで彼女の気配は全く感じなかった。背丈はリーベルのお腹ぐらい、幼少ながら規律正しい言葉遣いに動揺する。
不思議がっても仕方ない。リーベルはぎこちなく、
「あ、はい、いいですよ」
 早速頭の中で選んだ曲を奏でる……。静かでゆるやかなギターの音色が、ホールに響き渡る。
 リーベルの歌声が音色と一つになって、音が混ざり合い、造形のように美しい音楽を創りだす。



   call me songs…
   call me dreaming…
   風にまかせて ララバイ
   set a rest-song…
   for my pillow talk…
   優しい手にささやかれ
   moon has silence…
   clouds over there…
   mom, mom…please stay near…
   いつかのお話を聞かせて
   a story of “blue bird lucks”
   rest by me to tomorrow…



 リーベルが歌い終わり、ギターは静かなまま、その音色の幕を閉ざした。
「お綺麗な歌声、素晴らしいです。これも自分でお作りになったんですか?」
「ええ、そうですよ」
緊張が解けないまま、リーベルはギターを膝の上に置いた。
「今のは――。『子守唄』です。どうでしたか?」
女性はほほ笑みながら、リーベルの横に座った。
「とてもいい曲でしたわ。静かで落ち着きますよ」
「いえいえ、お聞きくださってありがとうございます」
聞いてもらえて嬉しく、少し恥ずかしそうに顔をそむけた。そのとき、不意にクルリルの用事を思い出した。
「あ、そう言えば、このホテルにカラスが入ってきませんでしたか?」
「カラス?」
「言葉を喋る、ヘンテコリンなカラスなんですけど……」
「ああ、あの黒い鳥ですか――。彼ならきっと七番の部屋にいますよ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
早速リーベルは七番の部屋の扉を開けた。すると、顔目掛けてクルリルが飛び出してきた。
「わぁー!」
クルリルの叫んだ瞬間、リーベルは後ろに倒れた。
「ずっと待ってたんだぜー。いつ助けに来るか心配だったよぉー。一人じゃドアあけられないしさぁ」
「帰ってこないから、僕が心配してたんだぞ」
さっきの少女が一人と一羽に近寄り、さも不思議そうに彼らを見た。
「面白いですね。お二方は、なにをしているんですか?」
そこで二人は……


 彼女にホールのソファーに座ってもらうと、リーベルはギターを持ち、クルリルはドラムとシンバルのバチを口にくわえ、小さなドラムの前に立つ。すぐ横にはシンバルが設置済み。
「あなた達、二人で演奏するの?」
「さっきは一人だったけど、いつもならクルリルと一緒にやるんだ」
クルリルはふてくされたように、リーベルの後ろを飛び回る。
「俺がいなけりゃリズムとれないくせに……」
「えーっと、それじゃ、始めるよ」
「あー、待った!」
クルリルが突然止めると、彼はバチを置いて床に立った。
「ハラすいた、ご飯ないの?」
「しょうーがないなー。待ってて」
冷えてしまったフライドチキンを用意して、買い物袋から出してあげた。
「うぉ、さすがリーベル君。俺の好みを知ってンじゃん!」
そう言いながら、フライドチキンを貪るように食べ始めるクルリル。
そんなカラスを見る白いお客はクスっとほほ笑んだ。
「カラスさんは面白い鳥ですね」
「僕がずっと育ててたら、こんな鳥になっちゃって――。今じゃ最高の相棒なんだ」
クルリルを物珍しそうにじーっと視たあと、少女はリーベルの耳元に近づく、 「このホテルの秘密をご存知で?」
「え、秘密?」
 突然聞かされた、この妙なホテルの秘密。
 そっとつぶやくような声で、彼女は教えてくれた。
「実は、あのピエロはここに来た人を出さないように姿を隠して見張っているの、ピエロを喜ばせないと、ここから出られないわ……」
「それじゃ、今まで来た人はどうなってるの?」
「あたしとあなた達以外、他の人は部屋から出れないまま……。そうならないために、逃げないと……」
 リーベルは少し考えた。ピエロを喜ばせる……。その為には、自前の芸で場を切り抜けるしか無い――。
 彼はひとまず、彼女に歌を披露しようと考えた。
「なるほど、喜ばすか――。少し考えてみるね。
 とりあえず、いくつか聞いてもらうよ」
「ええ、お願いしますわ」
丁度クルリルがフライドチキンを食べ終わり、彼が油で汚れた口をリーベルがナプキンでふくと、バチを持ってスタンバイ完了。
「準備オッケーだぜ。リーベル!」
気合いの入った一羽に導かれ、リーベルも芸人らしく振る舞う。 「それでは、お聞きください! スタート・ワン・セレクション! 《あの頃は少年が時代》」
 首をくいくいさせながらドラムを叩くリズムに、繊細な動きを魅せる指がギターを奏で音色が乗る。穏やかからテンポの速いリズムへ変化を聞かせつつ、ホールを彩るかのように響く。



   白いページで思い出す 冒険少年探検days
   今はかわった大人まがいの微妙なロマン
   算数みたいなインスピレーション
   歴史みたいなバッタリシンキング
   Wow 白いページをめくれば

   Don't Don't Don't miss a little hearts
   今はゆっくり落ち着こうよ
   アレは確か夏のことだよな
   外へ一歩 take to make a hope
   できないことはないはずさ so

   疲れたなら誰かに助けてもらおう
   それも悪くないね たまにはいいじゃない

   こぼれる old dream しっかり飲みこんでおこう
   とりあえず何か熱中しょっちゅう夢中になろう
   いつの間にかこんなになってしまった
   大丈夫 だいじょぶ だいじょぶ so try
   だから歩もう 一人じゃなくていいじゃないか

   耳元にいつもlisten 誰かとmeの生きる道


 一曲歌い終えると、彼女は拍手と笑顔で答えてくれた。
「歌もお上手。聞いたことのないリズムですけど、いい響きでしたわ」
「ありがとうございます。もう一曲……」
そう言いかけたとき、クルリルがふてくされた。
「俺はほめてくれないのかよ?」
「あら、ごめんなさい。カラスさんも格好いいですよ」
「ウヘヘ、ありがと〜」
照れくさそうに、クルリルは翼で顔を隠した。
「申し送れましたが、あたしはアリスです。よろしくね」
「ええ、こちらこそ。僕はリーベル。こちらの相棒はクルリルです」
名前を教えてもらい、リーベルはほっと一安心した気分だった。
 それからすぐ、次の演奏の準備をする。
 リーベルはここから出る方法として、隠れているピエロになにか聞かせてやればきっと出してもらえるだろうと考え、クルリルの耳元で何か囁くと、彼はこくっとうなずいた。
 クルリルの内心は「本当に上手くいくのか?」という思いでいっぱいだったが、リーベルは「大丈夫。相手はピエロだ。ピエロが人を楽しませるなら、僕たちがピエロを感動させればいいんだよ!」
 そんなアイコンタクトの会話をしたあと、二曲目の演奏を始める。
「それでは二曲目です! 《夕日も似ている》」
 カーニバルのような軽やかなリズムを奏でながら、クルリルがドラムを叩き始める。
 そのとき、リーベルはクルリルでも、アリスでもない、誰かの視線を感じた。
 その目線の先の人物が、自分の曲を聴いてくれているような視線だった。
 少し、振り向くと、ピエロがいる――。そして、音楽は始まる。



   精一杯 願うこと
   できるなら 全てわがままの通りになれ
   力づくでも 手に入れたいものがある
   精一杯 やり続けること
   明日に約束した なんだかんだと気付いているさ

   僕の心は誰にも 打ち明けられないまま
   くすんだ思いで 誰かのうわさを聞いた
   それからいつのことか くよくよ昔のことばかり
   静かに思い出す 夕日に向かって

   精一杯 願うこと
   あの夕日を見るたび誓うんだ
   落ちる夕日も 願いも 走る僕に似ている
   精一杯 頑張ること
   仕方ないから 笑ってしまおう

   精一杯 願うこと
   君や僕が 背中のこと全部に気付いているよ
   精一杯やり続けること
   あの夕日も似ている ただ明日へ繋がっていく
   精一杯 頑張ること
   あの夕日も 君も これからの僕も みんなみんな 続いていくんだ

   精一杯 精一杯 願うこと for all…



 リーベルが歌い終わると、ドアの近くからこっそり、タキシード姿のピエロが彼を見つめていた。
 ピエロはドアの鍵をそこに落とすと、うっすら、霧のようになって消えてしまった。
 ホールの音楽が止むと、バルコニーにあった部屋のドアは消えていた。
 リーベルがギターをケースに入れ、それから、ドアの近くに落ちている鍵を取りに歩き、恐る恐るそれを手にした。
 そして、ドアの鍵穴に鍵を入れ、回してみる……。
 重い金属が回り、錆び付きの鉄の錠が、みぞから滑るように解かれた。

 扉が開いた。
外を覗いてみると、大都会が広がっている。
このホテルに入った場所とは違うが、同じ街のようだ。大通りが広がっている。
白い明かりと、色とりどりのネオンで輝く街だ。
「休憩程度だったけど、ここからは出ないといけないな」
 そう言って、リーベルは二人を呼んだ。
荷物をまとめて、とりあえずそこからまた出発した。


  ***


 後から話を聞けば、あのピエロは昔、あの場所でサーカス団を開いていたらしい、でもお客も来なくなって、いつしかピエロは独り飢え死してしまった。
 そこで、ピエロは人を閉じ込めてでも、誰かそばにいてほしかったらしい。


 僕は今も旅をしている。仲間が一人増え、彼女はフルートで加勢だ。
 街角ではいつもの曲から始まり、人を寄せ集め音楽を楽しみ、楽しませる。
 こっそり、街では僕らのことが評判になりはじめている。
 仲間も増えたことだし、これからは演奏がよくなるかな。



 二人と一羽は今日も街を彷徨う。










  《後書き》

 ことば旅、いかがだっでしょうか?
初投稿となる灰華(はいか)です。文章は昔書いたものをそのままですが、それにタグを入れる作業。大変だなぁ;
七影師匠。毎度お疲れさまです
後書きのタグ、すまんが見本にさせてもらった(笑

物語はギターと歌と相棒を手に旅するリーベル君。
今まで来たこともない街を歩いていると、妙なホテルでピエロに遭遇。ここから始まるってところですかね。
クルリルが相棒な理由は、人が仲間じゃなんだか足りなさがある―と考えてカラスが仲間になりました。カラスも人語を覚えようと思えばできるそうです。
短編としてはチンケな展開&微妙なセンスでなんとも言えない意味不明テキストな歌詞が加わったジャンルのわからない物語だ(自爆
とりあえず初投稿の一作目。恐縮ながらお読みいただきありがとうございます。

感想につきましては掲示板にてよろしくお願いします。待ってま〜す


新米の灰華でした〜







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