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《A contact》



命の糧は、命――


 毎晩、夢を見る
 それはたまに、正夢だったりする
 小さい頃から
 一眠りすれば未来が見える
 それが――
 人の運命だったり、
 この世界の出来事だったりする
 知った方向ならば
 悟りは無い
 迷いも無い
 正夢が予言
 果てしない未来をも見抜く

 どれだけ未来を見たのか
 数は計り知れない
 ただ、
 未来の内容は決して善良なこととは限らない
 中には死に満ちた
 または悪意が刺激する未来もある
 血溜まりの恐怖すら――
 時として、予言は死。
 命は天秤。
 未来は数字の先にあるのではない
 生きた先にある
 我、魂にUNIONを刻む。






 ずっと前のことだ。
 夢を見た。別荘のベッドの中だ。となりに女はいない。
夢の内容をはっきりと覚えている。
深夜、満月が夜の黒雲に閉ざされたとき、ある小さな少女が一人で住んでいる家へ人々が押し寄せる。
まわりはトウモロコシ畑で、風がぼうぼうとなびいている。あまりにも風の音が強い。悪い気配がする。
人々の手には稲刈りの鎌や先の尖ったスコップ……。
真夜中に畑を耕す訳ではない。人々の目には少なからず同じ輝きがある。
毒々しい、微々たる月光に照らされる瞳には、
悪と戦うような恐怖を排除しようとする絶対的な心が宿っている。
人々は家の中へ押し込んだ、ドタバタと獣が走るような足で少女を探し出す。
いざ見つけると目の色は真っ赤になって、素手で握る凶器を少女へ突き刺す。
何度も突き刺す。死のうが生きてようが関係無しに突き刺す。
逃げ場の無い少女は彼らの真っ赤な目にも似た色に染まった。

 これが、カリフォルニア州のある田舎で起きた惨劇だ。
自分が目覚めた次の朝には、その事件がどこでいつ起きるのかを知っていた。
その夢は見るだけの夢ではない。予言なのだ。
しかし知っていてもどうにもならない場所と状況だった。
少なからず、人の最期を知ったならばそこへ向かうべきだろう。
 事件から一日遅れてそこへ着くと、人々は今日も忙しそうにトウモロコシを相手に働いている。
彼らからひとつ話しを聞いた。村のすみにある家には悪魔が住んでいるから、近寄ってはいけないよ。と……。
 悪魔や霊、そういった目には見えないとされている相手を何度も目にしてきた。
こういう未来を覗いたり、幽霊とおしゃべりしたりすることは得意だ。
 家に住んでいた少女には、悪魔を直視する高位の霊感を持っていた。
人々はそれを勘違いして、彼女が悪魔だ。と思い込んでしまった訳だ。
キリスト教の熱心な信者が多いせいで事件はおこってしまったのだ。
 事件のおこった同じ時間、深夜。
少女の亡骸だけが残された家へお邪魔してみる。
まだ警察の手は一切届いていない。
そこには鼻を突く死臭がする。酷く漏れ出た血の香りだ。
少女の悲惨な体を死体袋ではなく、温かい毛布に包んでやり自前のバイクで走り出す。
村人に見つからないように。

 幸いにも、四十キロほど離れた場所に友人の別荘があるので、
そこを勝手に借りることにした。もちろん留守電に伝言を残してからだ。
少女を我流で火葬すると、その灰を集めた。この別荘の地下にも儀式場がある。
灰をまた毛布で包んだまま、地下へ行ってみる。
やはりジョゼフの別荘だけあって儀式場は整っている上に、素晴らしいできだ。
床には太陽と月と時計、そして天井にはあらゆる正座が純度の高い石英で細工されている。
円形の中央には金色のカップ。聖杯のようなものがある。  灰をカップの中にいれ、準備はできた。
己の手にナイフで傷を付けると細工された石英に血が一滴落ちる。
すると全ての石英が輝き出し、カップの灰はとても美しい透明な水へと換わった。
 そして目の前には、うっすらとした白く輝く少女の霊が座っている。
急に現れた訳ではなく、この儀式場の力を引き出して呼び起こしたのだ。
「おそいね」
少女は透き通るような声で、ほっそりとした音を聞かせた。
「悪いな、俺が来ることは知っていたのか?」
まるで初対面にも関わらず、友人のようにしゃべる。
「うん、知ってた。だから待っていた」
トーンのかわらない少女。それに対してどこか気楽な自分。
「おそかったけど、なんとか会えたな」
「おそすぎる」
「ああ、悪かったよ。本当に悪い。村の人たちを見たけど、平穏だったな」
「うん、いつも、かわらない」
「つまらない村だな。君、名前は?」
「チヨ」
ぽつっと途切れた名を聞き、彼女の手を取った。
チヨは握られた手に優しさを感じた。
「俺はオルガ・シュパニッツ・ナイザー。変人と思ってくれればいい」
「お兄さん、へんなひとなんだ……」
少女がふっと笑う。
「君も正夢を見るのか?」
「はい」
「そうか……わかっているなら契約済みだな。命の糧は、命――」
 オルガがそう言った途端に、少女の姿が霧のようになってふわっと浮かび、
オルガの全身へ染み込んでいく。

 霧が消えるとオルガは気を失った。
ただかすかに、儀式が成功したのだと喜んだ。
UNION、成立――。





 2006年 8月11日
 日本。北海道。某都市――

 腰辺りまでつややかで長髪の黒。所々に天然の金混じり。
ベルトや首には銀の飾り物。
右耳には金色の十字架ピアス。
まわりの日本人とは浮いて見える。 それもそう、彼は異国人だ。

 三週間前、ここ付近で交通事故が起こる夢――それは予言。正夢を見た。
 一人の少年がトラックに撥ねられ容易く死ぬ瞬間。
 あの夢では――夜、少年は自転車で学校から下校途中だったようだ。
運が悪かったのか、運転手の手元がくるったのか、はてまた飲酒運転か。
どれにしても、少年は正夢通りに成ってしまう。
 今まで正夢に現れた未来の死者達は、……どうやっても救えなかった。
そして事故に遭ったり、殺害されたりだ。
 あの少年も、手を貸さずともトラックに撥ねられる。
 誰が何をしようと絶望は確定だ。
 だから、俺はその少年をUNIONの対象とする。
 現在その少年は駅に直結したビルで遊んでいるとの情報を仲間から得た。
 だが単身やって来たのが間違いだったのか、どうもこの国の言葉はいまいち慣れない。
二百年ほど在住したこともあったが、この国の言葉の発展はめまぐるしい。
おかげで吐き気がしそうだ。どうしようもないので、
無理矢理ではあるが新単語の意味を流暢に飲んだ。
 駅付近にあるサンキスというコンビニで安い昼食を買って……。

 男はコンビニの熱いフライドチキンを食べ終えると、少年のいると思われるビルへ向かった。
その瞬間を人々の目は気にも止めていない。
 ただ、怪しい眼差しを送っていたのは人ではなく、
コンビニの入り口上の監視カメラ。
 北海道の安全局へ繋がっており、その先はブラウン管の光だけが灯火。
いくつものモニターの前にはスーツ姿の男達。
皆日本人ではない。目は猫科の猛獣のように輝いている。



カメラに映った男

 name オルガ・シュパニッツ・ナイザー(本名かどうかは定かではない)
 human race アジア系。骨格や肌の色は欧米人に近い
 sex  男
 age  見かけは二十代前半。実際は不明
 bloodtype 不明
 height 175cm tall
 weight 78kilograms(通常の成人男性よりやや高めか)
 physique バランスの良い筋肉質の成人男性に見えるが、人間とは比較にならないほどの体力等を有する
 from  欧州、もしくはその近辺と思われる
 class  人間の発展型
 wanted level 国連指名手配・特級範囲内を超過。その場で即死刑の値。百二十年間指名手配中
 United Nations an Individual Management Number(国連生体管理番号) Unknown(不明)
 others  火器、刃物を所持。いずれも殺傷能力は高い。携帯していると思われる



 上空を航空隊のヘリに化けた政府の手先が男を追跡している。
空から映し出させるカメラからの映像――男はバイクで通りの全体を覆うアーチ型の屋根の下へ走り、消えた。
 モニターの前の男がコクっとうなづくと、後ろの男達はモニター室から去っていく。
 一人闇に残った男は携帯電話を手に――
「ハン様、お目当てがありました。ジャパンです」
 小さなスピーカーから声がする。
「そうかそうか、それはよかった。もうジャパンにシヴァと大切なヘルを送ってある。こっちは“戦闘ゲーム”でいそがしいんだぞ」
 ハン、と呼ばれた男はぶっきらぼうに言い返す。
「わかりました。では後に報告をいたします」
電話を切ると、男は作戦を頭の中で振り返る。
 内容は単純。何をしてでも『オルガ・シュパニッツ・ナイザー』を抹殺する。
 手段は何でも良い。何をしてでも……。
男もその場を後にすると、オルガを始末するための特殊部隊へ連絡を入れた。



*****




 そこはいわゆるゲームセンターというところで、たくさんのゲームマシンが並んでいる娯楽施設である。
オルガは少年の写真をまじまじと眺めながら思う、
 ふむ、普通のジャパニーズボーイなのかどうかはさておき、悪ガキでないことを祈ろうかな。もう悪いヤツばかり内にいれられないしね。
ゲームマシンからガンガン流れ出る音を聞き流しつつ少年を発見した。
スティックコントローラーのゲームを友人達とたわむれている。
 丁度そのとき、電池の入っていない――ついでに飾りっけもない黒い携帯電話が震え出す。
「今はお取り込み中じゃないよ?」
ご機嫌そうに電話に出てみると、またすぐに声がする。
「ハロー! 前に話してた次にくるコはどんな人だっけ? それより、凄い雑音が聞こえるんだけど」
相手は女性。よく知る声だ。
「そのボーイを探してる最中でゲーセンにいる。もう別なおとこに移る気にでもなったか?」
「ちがう。なにを言ってるのよバカ。こっちだって新人が来るための準備しているんだからねー」
「わかってるよリサ。できることなら俺もそっちへ顔を出したいけどな。できるならな」
雑音のあまり響かない場所まで移動し、携帯電話の奥の声に耳をしっかり傾ける。
「あら、なんかオルガって寂しそうね。やっぱりあたしがいないとダメなんでしょ?」
「それはお前なんじゃないのか? 俺がいなくて寂しいのは。」
リサのほうから声がしなくなった。
「俺は大丈夫だ。それでもいつかは、お前に会いにいくからな。安心しろ。多分、そのときぐらいにはもう別途に《部屋》を準備できるはずだ」
「そうなんだ……。でもオルガ。死なないでね」
 かすかに震えた声がする。
「ああ、わかってる。それと、新人がそっちへ行ったら色々と解らせてやってくれ。頼んだぞ」
「うん!」
 そこで電話が切れた。
 リサと電話で会話すると、心底毎度思う――
「お前を助けてやれなかったのは、俺だ」と――。
 彼女やその《部屋》にいる人物とはこの素っ気のない《携帯電話》でしか会話ができない。
もう何百年と顔を会わせていない仲間もいる。
彼らはそれでも自分と共に見えない内の中にいてくれている。見えない内、己の魂に。



 オルガの気づかない間に、屋上ではオルガ処刑のための突撃隊が準備を始めていた。
今回集まった彼らの任務のルールには、一般市民を巻き込もうがかまわない。
オルガ処刑に専念し、邪魔になる者も排除する。
と、いうテロリストのような肩書きがある。
武装にも手榴弾や突撃銃を用意し、防弾チョッキまで準備してある。
警察機構から抜き出された者達だが、そこに配属されているのかはわからない。
 白いヘリコプターからざっと二十名ほどの特殊部隊員が現れ、まだその奥には二人残っている。
 一人は黒人のとても大柄な体格の男。
スキンヘッドの頭には三日月模様の傷跡がある。背丈は二メートルをこしている。闇に溶けるような濃い紫色のローブを着て、息を潜めている。
 もう一人は小柄な女性。
全身を灰色のしなやかな戦闘スーツに包み、顔全体には光学センサーユニットを搭載した特殊なヘルメットで被っている。
素顔は見えないが、なだやかに揺れる黒髪が微かに見える。
 男の方はドシドシと音を立てながらヘリから降りた、女の方はなにかを待つように動かない。
男は口元をゆがめながら、好戦的な眼差しで部隊を移動するよう命令し、
彼もまたビルの非常口から侵入を開始する……。



 少年はすでに見つけた、しかし今声をかけてもタイミングの間違いである。
「さて、どうするかな」
オルガのそんな一声を逃さない人が――
「おいおい、指名手配犯がここでいい度胸だな」
彼の後ろから鋭利な現れ方をする男。
「そういうお前も同じだろ。クローバーの坊ちゃん」
黒の帽子に、明るい赤のタンクトップという姿で、
どこかニューヨーク風にも見える若者がオルガの隣にやってくる。
「もうハンの団体様が来ているぞ。今日は視察のつもりだったのにな。どうするつもりだ?」
「答えは簡単だ。こっちから出て叩くしかないだろ。騒ぎを起こされたら、どうでもいい罪が勝手に俺へ振りまかれるからな」
「相変わらず退屈そうな言い方だな。それと、逃げる時はお前のバイクとデカブツを準備してあるから安心しな」
「わかったぜ。相棒」
「俺は別に用事がある。それじゃ、またな」
 クローバーの姿をちらっと見返ろうとするが、もう彼はいない。
ただ彼のいた足下には四葉のクローバーが不自然に落ちている。
「まったく、シャレたことだけは好きだよな」
優しくつまんだ四葉を見つめ、幸福の証としてポケットへ忍び込ませた。
 ――せめて、今日は少年の帰る方向ぐらい知ってから自分も帰りたいのだが、
先のクローバーが言う通り、ハンの指令によって動き出した集団が矛先を尖らせながらコッチへ向かっているということは、
下手をすればこのビルが戦場になってしまうのだ。
オルガはいたって冷静に考え、今日はもう自分から帰るべきだ。
と判断し、人のあまり利用しない階段を見つけそこから降りようとした。
 初めの一歩が階段にさしかかった途端。
ビルの中全てが一瞬にして暗闇に変わった。ゲームセンターのものすごい音もプツリと消えた。
次に聞こえてくるのは――空き缶が自分へ向かって転がる――ではなく、
耳が察したのは手榴弾が転がる不運で嫌な音だった。
 とっさに階段の下段へ飛び、爆発と危険な金属片を免れたが、
次に来るモノはわかっていた。
丁寧なぐらい揃った足音が猛然とこちらへ接近する。
ビル内の人々が明かりのある非常口へ方向へ逃げ出す一方、オルガは闇へ追いやられていく。
 不意に見えた光は赤い一筋。銃に取り付けられたレーザーサイトの不吉な輝き。
これほど早く動かれるとは、自分のおっとりさに間が抜けるスキもなく銃声が聞こえる。
 何度も聞き慣れた銃声には飽き飽きし、オルガは視覚の無い闇の階段を駆け下る。
視覚、聴覚を奪われた状態での戦闘訓練ならば飽きるほどしてきた。
闇が恐いという感覚は消化しきっている。空間は把握済み。
 相手は『まだ』普通の人間だということはわかっている。
オルガのポリシーとして『人殺しなんてするもんじゃない』という言葉がある。
その通り、彼は人間を殺したことはない。
だが公の場では大量殺戮者となっている。
それも全て《魔・ハン・キング》という人物の仕業だということぐらいは解っている。
相手は本気で殺す気なのだが、オルガはそうはいかない。
ひとまず脱出できそうな場所まで走る。
階段を下った先に非常口の点灯だけが目に映った。ドアノブを回すとするりと開く。
夏の風が壁とドアの隙間を泳いでいく。
眩しい日差しが一気に押し寄せる。
二歩足を踏み出したところで、勢い良く人の肩がぶつかる。
「あ、すいません」
突拍子に驚く少年の声。
「いやいや、気にするなよボーイ」
気軽に返事した相手は、小野塚 ケン。今回の《対象》。



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